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大分地方裁判所 昭和42年(行ウ)6号 判決

原告 合資会社 塩久

被告 別府税務署長

主文

一、被告が昭和四〇年一〇月三〇日付でなした

(一)  原告の昭和三八年三月一日から昭和三九年二月二九日までの事業年度分の法人税に関する欠損金を一三万三、九七二円と更正した処分のうち、同欠損金一三三万三、九七二円を右金額に減少せしめた部分(ただし熊本国税局長の審査決定により取り消された部分二七万九、二二四円を除く。)

(二)  原告の昭和三九年三月一日から昭和四〇年二月二八日までの事業年度の法人税を一九万七、五〇〇円、過少申告加算税を九、八五〇円とする課税処分(ただし熊本国税局長の審査決定により取り消された部分を除く。)をいずれも取り消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、被告指定代理人は、第一次に「原告の請求中、昭和三八事業年度の法人税に関する更正処分の取消しを求める部分を却下し、昭和三九事業年度の法人税、過少申告加算税の課税処分の取消しを求める部分を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、第二次に「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

二、原告訴訟代理人は請求原因としてつぎのとおり陳述した。

(一)  原告は旅館業を営む法人で、かねてから青色申告書を提出することについて政府の承諾を受けているものである。

(二)  原告は昭和三八年三月一日から昭和三九年二月二九日までの事業年度(以下たんに昭和三八事業年度という)の法人税に関し、原告会社代表社員家近みどりが昭和三八年五月一九日から同年七月二日まで欧米へ出張した時要した総費用一五七万四、四〇九円のうち一二〇万円を営業経費として損金に計上し該期の欠損金を一三三万三、九七二円として確定申告したところ、被告は昭和四〇年一〇月三〇日付をもつて、原告の右事業年度の欠損金を一三万三、九七二円と更正した。

(三)  さらに被告は右同日付をもつて前記更正決定に基づき、原告の昭和三九年三月一日から昭和四〇年二月二八日までの事業年度(以下たんに昭和三九事業年度という)の法人税に関し、繰越欠損金控除額を過大に申告したものとして該期の原告の所得額を五九万八、五三二円と更正し、これに対する法人税額を一九万七、五〇〇円、過少申告加算税を九、八五〇円として更正賦課する旨の各処分をなし、そのころ原告に通知した。

(四)  そこで原告は被告の右各更正決定を不服として、昭和四〇年一一月二七日熊本国税局長に対し、審査請求をしたところ、同局長は昭和四二年三月七日付をもつて原告の昭和三八事業年度の欠損金については、前記旅費一二〇万円のうち、二七万九、二二四円のみの損金算入を認容して原処分の一部を取り消し、該期の欠損金を四一万三、一九六円とする旨の裁決をなし、つづいてこれに基づき昭和三九事業年度の原告の所得金額を三一万九、三〇八円とし、これに対する該期の法人税額を一〇万五、三六〇円、過少申告加算税を五、二五〇円としてこれを賦課する旨の裁決をなし、右裁決の通知は昭和四二年三月一一日原告に到達した。

(五)  ところで、右被告の更正処分はつぎの理由によつて違法であり取消しを免れない。

1、被告の昭和三八事業年度に関する更正決定の通知書の更正理由欄には、たんに「旅費否認」と記載されているのみであつて、右記載は理由の附記を全く欠いているに等しく、附記理由不備の違法がある。

2、かりに右主張が理由がないとしても、原告会社代表社員家近みどりの前記海外出張は原告会社所属の別府商工会議所婦人会の推せんによつて、ワシントンで開催された国際婦人会議に日本代表団の一員として出席し、それを機会に各国婦人団体有力者と交歓し、婦人企業経営者の活動の実情を視察するために欧米九か国を歴訪したものである。したがつて、右代表社員の出張は原告会社の事業経営と直接、間接に関係を持ち、かつ必要なものというべきであつて、その経費は当然に税法上の損金算入が認められなければならない。しかるに被告の処分は右経費(ただし熊本国税局長の審査決定により取り消された部分を除く)を否認し、該期の欠損金を不当に減少した違法がある。

3、そして、被告は右不当に更正した昭和三八事業年度の欠損金を基礎として、つづく昭和三九事業年度の繰越欠損金を一三万三、九七二円と更正し、前記(三)記載のとおりの課税処分をなした。右課税処分は昭和三八事業年度における不当な更正処分を前提としてなしたものであるから、これまた違法である。

(六)  よつて、原告は被告に対し請求の趣旨記載のとおりの判決を求めるため本訴請求におよんだ。

三、被告指定代理人は、本案前の抗弁として、

原告は昭和四二年一一月六日の本件第二回準備手続期日において、新らたに昭和三八事業年度に関する被告の更正決定についてその取消しを求める訴を追加提起したのであるが、右年度の更正決定に対しては原告はさきに熊本国税局長宛審査請求をなしたところ、同局長は昭和四二年三月七日右請求に対する裁決をなし、同裁決書は同月一一日原告に送達された。したがつて右新訴の提起は原告が右の裁決を知つた日から三か月内に提起することを要するにもかかわらず、その出訴期間を徒過してなされた違法があり、右訴の追加的変更は許されないものであり、かりに右追加的変更が許されるものとしても右訴は却下を免れない。

と述べ、請求原因に対する答弁および主張として、つぎのとおり陳述した。

(一)  請求原因第一ないし第四項の事実はいずれも認める。

(二)  同第五項の主張はすべて争う。

(三)  原告は、被告の昭和三八事業年度に関する更正決定の通知書につき附記理由不備の違法がある旨主張するが、更正処分に附記すべき理由の記載の程度は当該具体的個別的な処分について更正にかかる数額が申告額のうちのどの部分をどのように更正した結果算出されたものであるかが、当事者に理解される程度に記載されていれば足りると解され、右通知書の記載で申告額のどの部分をどのように更正したか明らかとなつているので、何ら不備ではなく、手続的な違法はない。

(四)  つぎに原告会社代表社員家近みどりが昭和三八年五月一九日から同年七月二日までの間に欧米に渡航した海外出張旅費一二〇万円は左記の理由によつて原告会社の欠損金とは認められない。すなわち家近みどりは同年六月一九日からワシントンで開かれた国際婦人協議会に東京商工会議所婦人経営研究会の日本代表団の副団長として出席したのであるが、同人はそれを機会に欧米各地を観光旅行したものである。

したがつてその旅行費用一二〇万円は家近みどり個人が負担すべきものである。しかるに原告は右旅費を原告会社の経費として算出し、欠損金として計上していたので、被告は右旅費を原告会社の業務遂行上必要な経費ではなく、会社代表社員家近みどりに対する賞与と認め、その支出は利益処分であつて損金に計上すべきものでないからこれを否認したものである。

(五)  さらに原告会社の出資金の総額は一〇万円(代表社員家近みどりが二万円、同人の夫である家近為雄が八万円を各出資)であるから昭和四〇年法律第三四号による改正前の法人税法(以下たんに法という)第七条の二第一項第一号にいわゆる同族会社である。したがつて元来代表社員である家近みどりが支出すべき経費を原告会社が支出した行為は同会社の法人税の負担を滅少する結果となるので法第三〇条第一項によつてもこれを否認することができる。

(六)  そして法第九条第五項によると、損金に算入できる繰越欠損金は確定申告によつて既に確定したものであることを要するところ、昭和三八事業年度の更正処分が既に確定していることは前述のとおりであり、右年度分の更正決定が確定しているかぎり、その額のみが翌三九事業年度の損金に算入されるのは当然である。したがつて既に確定した昭和三八事業年度の更正された欠損金のみを繰越欠損金に算入してなした昭和三九事業年度の各課税処分には何らの実体的違法はない。

(七)  なお、昭和三八および三九事業年度の確定申告、更正決定、審査裁決の明細は別表第一、第二記載のとおりである。

四、原告訴訟代理人は、被告の主張に対する認否としてつぎのとおり陳述した。

(一)  被告の主張第三ないし第六項は争う。

(二)  同第七項中別表第一の科目二2、四、別表第二の科目三3、四、五、六の各計数はいずれも争うがその余は認める。

五、立証〈省略〉

理由

一、まず被告主張の本案前の抗弁について判断する。

被告は、昭和三八事業年度に関する昭和四〇年一〇月三〇日付更正決定(同年度の欠損金一三三万三、九七二円を一三万三、九七二円に減少せしめた部分―ただし熊本国税局長の審査決定によつて取り消された部分を除く。)の取り消しを求める訴は出訴期間を徒過してなされたものであるから不適法であると主張する。本件記録によれば、原告は昭和三九事業年度の法人税および過少申告加算税に関する被告の昭和四〇年一〇月三〇日付課税処分の取消しを求める訴を昭和四二年六月一〇日所定の手続を経て適法に提起したが、昭和四二年一一月六日の本件第二回準備手続期日において、新らたに昭和三八事業年度に関する前記被告主張のとおりの取消しを求める訴の追加的変更をなしたことが明らかである。

そして、右訴の変更の申立は新訴の提起とみられるから、民事訴訟法第二三五条の規定によれば出訴期間が遵守されたか否かは右新訴が提起された昭和四二年一一月六日を基準として決定されることになり、右更正決定に対する熊本国税局長の審査裁決の通知が原告に到達したのは昭和四二年三月一一日であることは当事者間に争のないところである。

しかしながら、本件における原告の昭和三九事業年度の法人税および過少申告加算税の賦課処分の取消しを求める訴は、その主張にかかる取消原因たる実体的瑕疵をみると、「原告会社は昭和三八事業年度における欠損金を一三三万三、九七二円と確定申告したところ、被告はこれを一三万三、九七二円と更正決定し、さらに同時に翌昭和三九事業年度の法人税に関し、原告が前記昭和三八事業年度の欠損金額一三三万三、九七二円を前提として該年度の繰越欠損金を算出していたのに対し、被告は右昭和三八事業年度に関する更正決定額を基礎として原告が昭和三九事業年度の繰越欠損金控除額を過大に申告したものとし、これを更正して、請求の趣旨記載のとおりの賦課決定をなしたこと、しかして、被告がなした昭和三九事業年度の法人税および過少申告加算税の賦課決定の基礎となつた昭和三八事業年度の法人税に関する更正決定には、その更正決定通知書に附記理由不備の手続的瑕疵および原告会社代表社員家近みどりの海外渡航費一二〇万円を理由なく否認した実体的瑕疵があるから違法であつてその取消しは免れず、したがつて、昭和三八事業年度の法人税に関する更正決定を前提とする昭和三九事業年度の前記賦課処分もまた違法である」として、その取消しを訴求しているものであることは本件記録に徴して明らかである。そうすると昭和三八事業年度に関する更正処分は昭和三九事業年度の更正賦課処分に連鎖的な関連性を有する結果、もし、昭和三八事業年度に関する更正処分を確定させてしまつては昭和三九事業年度に関する更正賦課処分の取消しを訴求することが無意味となる(法第九条第五項によると、損金に算入することができる繰越欠損金は確定申告によつて確定されたものであることが要求されている。)関係にあるのであつてしかも本件においては原告は昭和三八事業年度についての更正決定についても不服のあることを訴状記載の請求原因中において具体的に表明しているところ、かような場合には、原告の訴の追加的変更は何ら請求の基礎を変更したものでも、訴訟の進行を著しく遅延せしめるものでもないから許容され右訴の出訴期間の起算日につき最初の訴提起時を基準として判断することはおよそ法が行政処分はたんに相手方の利害に関するだけでなく、一般公共の利害にも関係するところが大きいので長くその効力を不確定な状態におくことを避けるために出訴期間制度を設けた趣旨になんら違背しないものと考えてさしつかえないものというべきである。

そうとすれば、本件昭和三八事業年度に関する昭和四〇年一〇月三〇日付更正決定の取消しを求める訴について、被告主張のような出訴期間徒過の瑕疵はないものというべく、この点に関する被告の本案前の抗弁は採用することができない。

二、つぎに本案について判断する。

(一)  まず昭和三八事業年度に関する更正処分の適法性について検討する。

原告主張の請求原因第一、第二、第四項の事実は当事者間に争がない。

原告は被告がなした昭和三八事業年度に関する更正決定の通知書に附記理由不備の違法がある旨主張するところ、成立に争のない甲第一号証の一(法人税額等の更正通知書)によれば、その「更正の理由」欄には、「貴法人備え付けの帳簿書類を調査した結果、所得金額等の計算に誤りがあると認められますから次のように申告書に記載された所得金額等に加算減算して更正しました。」と不動文字で印刷され、「加算金額一、旅費否認一、二〇〇、〇〇〇円代表者海外渡航費、計一、二〇〇、〇〇〇円」と記載されていることが明らかである。

ところで法第三二条がいわゆる青色申告についてその申告額等を課税庁において更正する場合には、更正通知書にその理由を附記しなければならない旨規定しているが、その趣旨を考えてみると、いわゆる青色申告による納税を政府から認可された法人には、課税庁が課税基準の基礎となる営業実績を正確に把握できるよう一定の帳簿書類を備え付ける法的義務が課せられているところ、その反面として課税庁は右法的義務に従つてなされた帳簿書類の記載を信用尊重して課税しなければならず、ただ右帳簿書類を調査した結果当該課税基準又は欠損金額の計算に誤りがあると認められる場合にかぎつて申告額を更正しうるものとし青色申告にかかる更正を制限しているうえ、さらに更正する場合にはその理由を更正決定書に附記することを要求しているのであるから、その理由を附記させる趣旨は、右のように原則として信用尊重されなければならない帳簿書類の記載を更正することにかんがみ、右帳簿書類の記載を否認して更正しうるだけの合理的資料を反面調査等によつてしゆう集し、それに基づく結果によつて否認したゆえんを具体的に附記させることとし、課税庁の更正決定を慎重ならしめるにあると解せられる。

そして右趣旨に徴すれば、理由記載の程度としては、たんに更正にかかる数額が申告額のうちのどの部分をどのように訂正した結果算出されたものであるかが記載されているだけでは足りず、申告額について更正された部分がいかなる資料に基づき、いかなる理由によつて更正されたものであるかという点についてまで具体的根拠を示してこれを記載することが必要であると解するのが相当である。

そこで本件についてこれをみるに、被告の昭和三八事業年度に関する更正決定通知書に附記されている前記記載はその更正の理由として、たんに原告の申告額に対して、代表者の海外渡航費一二〇万円を否認する旨記載されているにすぎず、いかなる資料に基づきいかなる理由によつて否認更正されたものかという具体的根拠は何ら示されていないところ、更正した科目の性質から更正された理由が一見明瞭な場合(たとえば誤記誤算)は格別、とりわけ本件のように、別府市という国際的観光地で旅館業を営む法人の代表社員が海外に渡航したような場合には、旅館の経営は総合的な観光開発の中でその営業方針なり経営改善が可能になるという側面を有していることにかんがみ、一般的にみれば観光的要素を含んだ旅行とみられるときでも、ただちにこれが原告会社の事業の遂行と全く関連のないものと判断することはできないのであり、右科目を否認するか否か、またいかなる限度否認するかは、当該海外渡航の目的、旅行先、その経路期間等を総合勘案して具体的個別的に決定されるべきものであるから、その決定にあたつてはかなり正確、厳密な資料をしゆう集し、これを検討しなければならないのであつて、課税庁としては、右調査を経たのち、これから得られた結果に基づいて否認更正した理由を具体的に記載しなければならないものというべきである。

そうとすると前記理由欄の記載は、右説示にてらし、とおてい法第三二条の要件を充たしているものとは認められないものといわねばならない。したがつて昭和三八事業年度に関する被告の更正処分は右規定に違反してなされた手続的な違法があるというべく、被告の右更正処分は実体的な瑕疵の有無を判断するまでもなく、この点で取消しを免れない。

(二)  つづいて昭和三九事業年度に関する更正賦課処分の適法性について検討する。

原告は昭和三九事業年度の法人税に関し、前記昭和三八事業年度における原告会社代表社員家近みどりの海外渡航費一二〇万円を欠損金とみて、昭和三九事業年度の前五年以内の繰越欠損金を一三四万六三二円として別表第二(イ)欄記載のとおり確定申告をなしたところ、被告は右確定申告に対し、まず原告が加算項目として価格変動準備金の繰越超過額を四、七〇〇円計上していたのを申告に加算すべきでないものとして修正し、ついで原告が減算項目として計上していた前記前五年以内の繰越欠損金額を、昭和三八事業年度の欠損金が減額されたとしてこれを一三万三、九七二円と減額修正し、その結果差引五九万八、五三二円の所得があるとして、これに対し法人税一九万七、五〇〇円、過少申告加算税九、八五〇円を賦課したものであることは当事者間に争がない。

しかして被告がなした昭和三八事業年度分の法人税に関する繰越欠損金を一三万三、九七二円と更正した処分のうち同欠損金一三三万三、九七二円を右金額に減少せしめた部分(ただし審査請求によつて取り消された二七万九、二二四円を除く。)は前段認定のとおり、手続的瑕疵があつて取り消されるべきものであるから、昭和三九事業年度において減算項目として計上されうる前五年以内の繰越欠損金額としては未だ確定されていないものというべきである。しかるに被告は右昭和三八事業年度に関する欠損金が確定したものであることを前提として、前認定のとおり昭和三九事業年度に関する本件更正賦課処分をなしたものであり、右処分は法第九条第五項の規定に違反してなされた違法のものというべきである。

そうだとすると、被告がなした昭和三九事業年度に関する更正賦課処分もまた取消しを免れない。

三、以上のとおりであつて、被告に対して本件各処分の取消しを求める原告の本訴請求はいずれも正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 土井俊文 奥平守男 田中観一郎)

(別表第一、第二省略)

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